キジー島,世界遺産

キジー島旅行記パート1

キジー島旅行の出発日。
もう朝からソワソワ、ドキドキッ。
テンションがあがってます。

 

なんてったって念願のキジーですから。
8年位前からずーっと行きたかったあこがれの場所。
夢がかなう日がやっときました。

 

仕事を早めに切り上げて、メトロで「コムソモーリスカヤ駅」へ。
「コムソモーリスカヤ駅」を上がるとすぐ横が「レニングラード駅」。
ここが今日乗る寝台列車の出発駅です。

 

今回の寝台列車は、「食事なし」なので、まずは駅前で列車に持ち込むための食べ物をキオスクで物色。
買い食いしている人の10人に8人は「シャウルマ」(肉と野菜をクレープ状のパンで巻いたケバブのようなもの)を食べていますが、旅行前にお腹を壊すわけにはいかないので本日はパス。(結構リスキーな食べ物なのだ・・・)
結局菓子パンを2つ、ポテトチップ、ミネラルウォーター、ビールを買い込む。

 

レニングラード駅は、サンクトペテルブルグ行きの列車が出てている駅。
相変わらず賑やかである。

 

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この駅に限らず、どこの駅も大きな荷物を持った人たちでごった返している。
ロシア人独特の匂いと喧騒、欲望と期待感などが渦巻いているディープな場所である。
こういうところでは、少しばかり神経を尖らせないと飲み込まれてしまうから注意。

 

出発10分前に、列車に乗車。

 

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列車の車掌は女性。
制服姿がりりしいです。
ロシアでは、女性車掌は珍しくありません。

 

ここではチケットとパスポートを見せます。
一晩お世話になりますから、笑顔で挨拶。

 

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今回は寝台列車の定番「クペー」(コンパートメント席)。
まあ、4人で一部屋の一番安い席です。
しかも上。
上のベッドは上がるのも大変、テーブルもないので不人気です。

 

列車は定刻通り出発。
ゆっくりとモスクワ市内を走り抜けていきます。
しばらく走れば、もうそこは田舎。
同じような景色がずーーーっと続きます。

 

列車が走り出すと、車掌さんがチケットのチェックにやってきます。
その頃になると、車内はだんだんと賑やかになってきます。
着替える人、食事をし始める人、飲み始める人、携帯で話している人・・・おのおの好きなことをしています。
私は、ゴロンとなりながら菓子パンをかじるという不健康な食事をしながら、読みたかった本と聞きたかったセミナーを入れたipodでしばしリラックスタイム。
まったりとした時間を過ごし就寝。

 

無事に列車は、ペトロザボーツクに到着。
思ったより小さい駅だ。

 

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というより、寒い!!
寒いと予想して5枚も着込んでいるが、寒い!!
息が白いぞ。

 

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今回、キジー島へのフェリーを予約した旅行会社のバスが駅前に待機してくれているはずなので探す。
小さなロータリーなのになかなか見つからない・・・
と思ったら、ロータリーに止まっている車で一番大きなバスが、そのお目当てのバスだった。
思い込みで、おんぼろワンボックスカーみたいなものを想像していたので見落としてた。
うれしい誤算。
数十人乗れるバスに3人の客を乗せて出発。

 

10分ほど走り、ホテル・カレリア到着。

 

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入り口入ってすぐ左手の旅行案内所にてフェリーのチケット購入。
ホテルからフェリー乗り場まで行くシャトルバスが出るまでの約2時間ちょっとあるので、ペトロザボーツクを散策。

 

「ペトロザヴォーツク」という都市についてちょっとお勉強。

 

「ペトロザヴォーツク(Петрозаводск, Petrozavodsk)」は、フィンランドと国境を接するロシア連邦カレリア共和国の首都。
キジー島観光の窓口です。
人口は、248,000人。

 

ヨーロッパで2番目に大きな湖オネガ湖畔に位置しています。
街の歴史はそれほど古くなく、ピョートル大帝が1703年に製鉄所を建設させたことから始まります。
この1703年は、ペテルブルグ発祥と同じ年です。

 

そして1777年3月に、エカテリーナ2世の勅令で「都市」として昇格、登録されました。
ですので、「ペトロザヴォーツク」という街の名前の由来は、「ピョートルの(ペトロ)工場(ザボーツク)」からきている。
1941年から1944年までは、フィンランド領であったため、その期間、オネガ湖のフィンランド語名"アーニネン"(Aaninen)にちなみ、「アーニネンの城」という意の、"アーニスリンナ"(Aanislinna)と名づけられていました。
1941年から1944年の間は、ドイツ軍の攻撃により、街は壊滅的な破壊を受けましたが、1948年には戦後の復興により戦前レベルまで戻る。
1960年代から70年代にかけて人口は倍増し、カレリアの中心都市として発展し、今に至っています。

 

街の中心エリアは非常に小さく、ペトロザヴォーツクの駅からオネガ湖までの目抜き通りである「レーニン大通り」は、わずか2キロ弱くらい。
ロシアの地方都市といった感じで、とくにフィンランドや北欧の街といった雰囲気は感じません。(表示はロシア語ばかりです)
自然はおそらく似ているのでしょうけどね。

 

この街の見所は、「オネガ湖畔通り」でしょう。
ホテル・カレリアの裏から歩いていきます。

 

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まず出てきたのは遊園地。
この観覧車、怖い・・・
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「オネガ湖畔通り」は名前のとおり、湖に沿った通りであるが、彫刻などのオブジェがいくつも飾られてちょっとした美術館の野外展示コーナーのようである。

 

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写真の彫刻は、「漁師たち」。
躍動感ある作品です。
しかし、なぜか作者はアメリカ人。

 

他にもいろいろ。

 

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これはピョートル大帝です。
左手には設計図を持っています。

 

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「オネガ湖畔通り」このような落ち着いた感じの場所です。

 

これはクーシネン像。
レーニン大通りとオネガ湖畔通りがぶつかるところに立っています。

 

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クーシネンとは、オットー・ヴィル(ヴィルヘルム)・クーシネン(Otto Ville (Wilhelm) Kuusinen、Отто Вильгельмович Куусинен、Otto Vil'gel'movich Kuusinen、1881年-1964年5月17日)のこと。
フィンランドおよびソビエト連邦の政治家、革命家、文献史家、詩人。
フィンランド内戦後、ソ連に移り、カレロ=フィン・ソビエト社会主義共和国(カレロ・フィン共和国。後のカレリア自治共和国、現在のロシア連邦カレリア共和国)の指導者やコミンテルン書記を務めた人です。

 

レーニン大通りを駅の方へ歩きます。
食事と休憩をかねて、レストラン、カフェを物色しながら歩く。
寒いので暖かい飲み物も飲みたい。

 

ちょっと良さげなカフェ「デジャビュ」を発見、早速入る。
ウェイトレスのお姉さんに、「ペトロザボーツク、カレリア地方の名物料理はある?」と聞いてみる。
お姉さんは「これよ」と言って「牛肉」カテゴリにある料理を指差す。
「え?」
もう一度聞く。
「えっと、ペトロザボーツク、カレリア地方の名物料理が食べたいんだけど」
お姉さん答える。
「だから、これ」
ここは湖に面している街だから、てっきり魚料理が名物であると思い込んでいたのですが、どうやらそうではなさそうです。
ということで、そのお姉さんオススメの名物料理を食べました。
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名前は「カレワラ」
ほぼビーフストロガノフ。
写真だとクルトン山盛りでさっぱり具が見えませんね・・・
普通に美味しかったですが、未だに名物料理だとは信じられません・・・

お値段は92ルーブル(約414円)、コーヒー35ルーブル(約157円)。
モスクワに比べると半額以上安く感じました。

 

これは街の目抜き通りの「レーニン大通り」と「マルクス大通り」のぶつかるところに建つ「ホテル・セーベルナヤ」。
このホテルの横に先ほどのカフェ「デジャビュ」があります。

 

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秋の景色ですね。

 

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これはおなじみの「レーニン」です。

 

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これは無名戦士の墓。
永遠の火が点されています。

 

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これは「民族劇場と人形劇場」の建物上部のオブジェ。

 

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これはキーロフ像。
キーロフとは、セルゲイ・ミローノヴィチ・キーロフ(Сергей Миронович Киров, Sergei Mironovich Kirov, 1886年3月27日(ユリウス暦3月15日) - 1934年12月1日)のこと。
ソビエト連邦の革命家、政治家でスターリンの懐刀とよばれた人。
キーロフバレエ団のキーロフです。

 

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これは「カレリア美術館」
残念ながら閉まってました。

 

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これは「ロシア・ドラマ音楽劇劇場」
現在修復中。

 

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1714年製造の大砲。
公園に飾られています。

 

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ざーっとこれだけ回ってちょうどいい時間になりました。
ホテルへ行って港へのシャトルバスに乗り込みます。

 

キジー島旅行記パート1終わり

 

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